逗子海岸花火大会の裏側

【第1回】資金が足りない一それでも花火を咲かせた、地域の力。

#01|資金繰り、という壁。

「正直、今年は開催できるかどうかの瀬戸際でした。」

物価の高騰、安全対策費の増加。人口5万人強の街で、10万人規模の花火大会を続けていくことは、決して簡単ではありません。

それでも実行委員会のメンバーは、仕事の合間を縫って商店街や地元の事業者を一軒一軒まわり、協賛のお願いを続けました。

今年は新たな取り組みも始まりました。PayPay 募金、そして行政と連携した初めてのクラウドファンディング。どれほど集まるか、不安の方が大きかったのが正直なところです。

でも、想像を超える応援が届きました。

レジ横の募金額にお小遣いを入れてくれた子ども。「頑張ってね」と協賛金を手渡してくれた商店主の方。画面越しに想いを託してくれたクラウドファンディングの支援者の皆様。

5月の夜空に咲いた花火は、そんな一人ひとりの気持ちが集まったものです。

応援してくださったすべての皆様、本当にありがとうございました。

【第2回】海の上から、花火は生まれる。一台船と海上警備の話。

#02 | 海の上の現場

逗子海岸花火大会の最大の特徴は、逗子湾に浮かべた「台船」からの打ち上げです。

海岸いっぱいに広がるあの圧倒的な臨場感は、海の上に設けられた、もうひとつの現場から生まれています。

今年は特に、うねりが強い厳しいコンディションでした。

大きく揺れる台船の上に重い花火筒を搬入・固定し、精密な導火線をセットしていく。作業前には全員に酔い止めが配られました。

それほどの揺れの中でも、花火師の皆さんは一切妥協することなく、2日前から黙々と設営を続けてくださいました。

そして、もうひとつ欠かせない存在が「海上警備」の皆さんです。

雨が降る中、朝7時から海上に出て、一般の船舶が立ち入らないよう終演まで見張りを続けてくださいました。冷たい雨と波に揺られながら、長時間にわたって気を抜けない時間が続きます。寒さとの闘いでもありました。

砂浜から見上げた花火の裏側には、厳しいコンディションの中で海の上で黙々と働き続けた人たちがいました。

花火師の皆さん、台船の乗組員の皆さん、海上警備の皆さん、本当にありがとうございました。

【第3回】街を守る、2,000以上のサイン。⁠一⁠設置から撤去まで、終わらない仕事。

#3 | 看板、コーン、ラミネート。

花火大会の当日、街のあちこちに立てられた看板やカラーコーンに気づいた方はいるでしょうか。

交通規制、駐輪禁止、私有地への立ち入り禁止。

10万人のお客様をお迎えするにあたって、私たちが最も大切にしたのは「この街で暮らす皆さんの日常を守ること」でした。

その準備の規模は、数字にすると少し驚くかもしれません。

交通規制予告の立て看板、48枚。

街中や施設に貼り出したラミネート掲示物、1,110枚。

街中と砂浜に並べたカラーコーン、1,068本。

合わせると、2,000を超えるサインが街中に配置されていました。交通規制の看板は約2週間前から順次設置。どこに何枚立てるか、すべて事前に綿密に計画されています。

でも、この仕事は「立てて終わり」ではありません。

花火が終わり、お客様が帰り始めた直後から、今度は撤去作業が始まります。夜遅く、あるいは翌朝早くから、設置したすべてのものを巡って回収していく。最後の1本を片付けて、街を元の姿に戻すまで、気は抜けません。

目立つ仕事ではありませんが、この地道な作業が、街の日常を守っています。

近隣にお住まいの皆さん、温かく見守ってくださってありがとうございました。

【第4回】人口5万人の街に、7万人。──全員で守り抜いた、あの夜の安全

#04 | 見えない場所で、守り続けた人たち。


花火が上がっている間、会場の外では別の戦いが続いていました。


人口5万人に満たないこの街に、7万人を超えるお客様が訪れる花火大会。何よりも優先されるべきは、「全員が安全に帰宅すること」です。


警備・誘導を担ったのは、委託警備会社の皆さんだけではありません。遅くまで現場に立ち続けた市職員、地域の細い道まで知り尽くした消防団や防犯協会の皆さん。それぞれの持ち場で、それぞれの役割を果たし続けました。その数、陸上警備だけで679人にのぼります。


今年は特に、JR逗子駅が構内工事中という難しい条件が重なりました。普段より狭くなった駅構内に帰宅客が集中する中、混雑と安全を同時に管理しなければならない緊張感は、例年以上のものでした。さらに今年は、混雑を分散させるため、一つ隣の東逗子駅への誘導も新たに実施しました。


679人が、何時間も立ち続け、誘導灯を振り、声をかけ続けた夜でした。


大きな事故もなく、7万人の皆さんを無事にお送りできたのは、観客席からは見えない場所で街を見守り続けてくれた、そんな人たちのおかげです。


警備・誘導にあたってくださったすべての皆さんに、心からの感謝を。本当にありがとうございました。

【第5回】「支援してよかった」と言ってもらうために。──協賛返礼席の舞台裏。

#05 | おもてなしの、葛藤と決断。


大会を支えてくださった協賛者の皆さんに、最高の特等席で花火を楽しんでいただきたい。その想いから生まれたのが「協賛返礼席」です。


どの角度なら一番きれいに見えるか。10万人の混雑の中でも迷わずたどり着ける導線をどう作るか。何ヶ月も前から図面を広げ、配置を検証し、手作業で区画を整えていきました。


今年は、2年間続けてきたカメラマン協賛席をやめ、新たな形に切り替えました。波打ち際のシート席・中央寄り最前列をカメラ撮影OKエリアとたのです。「本当にいい場所で撮ってもらいたい」という想いからの決断でした。


当日、カメラマンの皆さんのマナーはとても良く、周囲への気配りも感じられました。思い切って変えてよかった、と感じた瞬間でした。


そして当日、雨も降り始めました。


パイプ椅子はスタッフで拭き上げましたが、シートは間に合いませんでした。急遽ウエスをお配りして、お客様ご自身に拭いていただくことに。雨具についても、夕方にメールでご案内するのが精一杯でした。


「申し訳ない」という気持ちと、それでも何とかしたいという焦り。あの時間は、正直に言えばバタバタの連続でした。


それでも、受付で「楽しみにしてきたよ」と声をかけてくださった方。終演後、「来年もまた協力するね」と笑顔で帰っていかれた方。


その言葉が、すべての疲れを吹き飛ばしてくれました。


協賛者の皆さん、雨の中でご不便をおかけしたにもかかわらず温かく受け止めてくださったこと、そして来年への言葉をかけてくださったこと、本当にありがとうございました。

【第6回】雨と、うねりと、鳴り止まない電話。──開催を決めた、あの朝のこと。

#06 | 最後の決断。


当日の朝、雨が降っていました。


海からの打ち上げにとって、雨よりも怖いのは「うねり」です。台船を安全に固定できるか。そして何より、乗組員の皆さんの安全は確保できるか。天気予報と海面を何度も確認しながら、本部では緊迫した議論が続いていました。


8:30、「現時点では開催の方向。ただし今後の状況によっては中止となる可能性あり」という周知を出しました。


事務局の電話は朝から鳴り止みませんでした。「今日は開催しますか」「雨でも上がりますか」。一人ひとりに状況を説明しながら、それでも答えを出せない時間が続きます。これほど多くの方が楽しみにしてくださっているからこそ、簡単に中止とは言えませんでした。


13:30、うねりは収まらず、本部の空気は重くなっていました。中止が濃厚、という判断が現実味を帯びてきた瞬間でした。


しかし、風向きが変わり始めました。少しずつ、うねりがおさまっていきます。


14:30、現場から「行ける」という判断が届きました。待ちわびた彼らの言葉に、本部に拍手が沸き上がりました。


あの夜空に咲いた花火は、諦めずに現場を守り続けた全員と、待っていてくださった皆さんの気持ちが重なった瞬間だったと思っています。

【最終回】すべての裏側が、あの花火になった。──全7回、完結。

#07 | あの夜の花火を、もう一度。


台船の上で揺れながら設営を続けた花火師の皆さん。

雨の朝から海上に出て、寒さに耐えた警備の皆さん。

2週間前から看板・ラミネート・カラーコーンを設置し、夜遅くに回収して回ったスタッフ。

街のあちこちに立ち、679人で安全を守り続けた警備・誘導の皆さん。

雨に濡れた席をウエスで拭き続けた協賛エリアのボランティアの皆さん。

電話に応じ続けた受付スタッフ。

終演後にごみを拾い集めてくださったボランティアの皆さん。


でも正直に言えば、ここに書ききれなかったストーリーが、まだたくさんあります。


翌朝、地元自治会の皆さんが清掃をしてくれました。商店街の皆さんも、街に散らばったごみを片づけてくださっていました。地元の学校は、駐輪場や警察の休憩所として校舎や校庭を開放してくださいました。


このシリーズでは語りきれなかった、そんな支えが街のあちこちにありました。


名前も顔も知られることなく、それでも大会を支えてくださったすべての皆さんへ。心からの感謝を伝えたくて、このシリーズを書きました。


第1回から第6回まで、まだお読みでない回があればぜひプロフィールのリンクからご覧ください。花火の感動が、また少し違って見えるかもしれません。


全国各地で、今まさに花火大会の準備を進めている実行委員会の皆さんへ。準備の大変さは、きっと同じだと思います。どうか安全に、最高の夜を。心から応援しています。


そして、あの夜の花火をもう一度——。


来年も、逗子の海でお会いしましょう。